戦国新報
 
 
平成3年 後期
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“人を立てる”ということ、森蘭丸の忠勤その二
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 信長はよく人を試したが、あるとき足の爪を切ってわざと畳の上においておき、側近の一人を呼び「爪を捨てよ」と命令した。言われたとおり爪を拾い集めて退ろうとすると、信長はそれをとどめて元どおりに爪を畳に置かせる。つづいて別の側近を呼び同じように命令すると、やはり彼も同じ行動をした。最後に呼ばれたのは森蘭丸であった。彼は同じ命令に、一つずつ拾い上げ「今一つ不足です」と言った。「そうか」と言って信長が袖を払うと、ポロリと十個目の爪が落ちた。 またその数日後、信長は再び森蘭丸を呼んで命じた。「障子を開けてきたから閉めてまいれ」森蘭丸が行ってみると障子は閉まっている。そこで彼はいったん開けて、改めてまた閉めた。信長はその様子を察して問い返した。「障子は開いていたか」「いいえ閉まっておりました」「しかし確かに閉める音がした。それはどうしたのだ」彼は静かに答えた。「殿から閉めてこいと言われたのに、障子は閉まっておりましたと答えては、殿の迂闊をまわりの者に教えるようで思慮のないように思われます。それでわざと開けたてしてまわりの者にも音を聞かせたのでございます」 森蘭丸が最も神経を使った点は、主人の名誉を汚さないことである。これを主人信長からみれば森蘭丸ほど自分を立てる人間はいないと言うことになる。したがって、森蘭丸に重要な用事を託すようになる訳である。 主人に尽くす森蘭丸の態度は一見ゴマスリのように見えるが、彼は気に入られようとして心を砕いているのではなく、彼の誠意の集積が見事な心遣いとなって表れるのです。
【文:高田 金道】