戦国新報
 
 
平成6年 後期
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勝負にでるべきところを見抜く力
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 日本史上で一番の出世をした武将は豊臣秀吉だと思います。百姓の身から足軽を経て最後は太閤と呼ばれる身分にまでなりました。秀吉が天下を取るまでの『先を見抜く力』というものは何だったのか。
 信長の下級家臣だった頃、朝倉、浅井の連合軍との戦いで、信長が京に逃げ帰る時、秀吉は『シンガリ』を名乗り出ました。これが彼の一生一代の勝負だったと思います。
 『シンガリ』とは、戦いで敗走するとき、最後に戦場に残り、玉砕を覚悟で本隊を逃がす役割です。時間稼ぎのために体を張って敵と戦い続け、100%全員が討ち死にを覚悟としているのです。
 しかし秀吉は、この『シンガリ』をやり通した場合、
一、信長からの厚い信望を得られる。
二、日頃秀吉をおもしろくないと思っている連中に恩をきせることができる。と考えたと思われます。
この二つのメリットに勝負を賭けたのです。
 このときの『シンガリ』を見事にやり通したからこそ、その後の秀吉の出世は、目をみはるものがあったと思われます。
 今の時代も先を見抜く力をもって、勝負に出るべき時は、時期を逃さず、実行することが大事なように思われます。
【文:高田 金道】