戦国新報
 
 
平成11年 前期
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義理、人情
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 戦国の世の中で義理、人情に厚かったのは上杉謙信である。戦においては天才的な戦術で、しかもその兵は鍛え抜かれて精鋭揃い。謙信と五分に渡り合えるのは甲斐の武田信玄くらいだった。この二人は川中島の合戦で一大ロマンを展開したが、日本最強を誇った信玄も謙信の戦いぶりにこりて、謙信との戦いは極力避けたと言われている。
 謙信には領土に対する野心がなかった。無欲でそのうえ義理固く、頼まれれば決して嫌とは言わない。人情に厚く、敵と言えども苦境に立てば救いの手を差しのべる。今川が北条と謀って信玄の領地への塩の道を封鎖した時も、謙信は信玄に使者を送り「互いに戦うこと十数年に及ぶが、これは弓矢の勝負で、米塩には関係ない。当方から送りましょう」と申し入れた。信玄は死に臨んで息子の勝頼に「謙信とは事を構えず、講和して頼め。あの男は頼めば必ず協力してくれる。謙信に頼れば織田も北条も恐れることはない」と言い残している。戦国の世に敵将からこれほど信頼された武将はいない。
 今の移り変わりの激しい世も義理、人情というものは大事なような気がする。
【文:高田 金道】