戦国新報
 
 
平成9年 後期
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物事はすべて情報からスタートする
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 情報を集めそれを分析し、世の中をみつめ事情に明るくなければ今の時代、大変なような気がする。いかに「情報力」が大事であるか。
 戦国時代、天下を目指した信長の情報通は有名である。若いころ回りから「うつけ者、たわけ者」と言われた。いつも城下町をうろつき、しきりに旅人に声をかけ、話しかけて何かを聞き込んでいた。旅人とは、商人、僧、修業人、浪人等、信長に言わせれば「単に人間が歩いて来るのではなく、情報が歩いて来る」のであった。
 今のようにテレビ、新聞、電話等なく、情報と言えば、人と会って話をするか、手紙を書くかしかなかった時代だから、国々を流れ歩く旅人を逃す手はなかったのである。
 その信長が最も重く用いた武将が光秀と秀吉であった。二人とも信長に仕える前は「放浪者」であった。信長の考えからすれば、ずっと織田家に育って、旅をしたことのない連中は情報の量もたかが知れている。その点、流浪の身で国を転々としてきた光秀と秀吉とでは情報量の面で問題にならなかった。
 光秀は諸国大名の動向に明るいし、秀吉は民衆の動向に明るかった。信長にすれば、大名の動きを知り、民衆の動きを知ることによって天下を取れると確信したのではないだろうか。
 今の不況な世の中、家族そろって食事することも、もちろん大事であるが、夜の柳町の酒場街を放浪することも、いろんな情報を吸収することができるような気がする。だが、なかなかむずかしい。
【文:高田 金道】