戦国新報
 
 
平成5年 後期
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給料と愛情は、車の両輪のようなものだ
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 都の付近にいれば天下を取れたものを、会津に移封になり夢がなくなった。と、涙を流して悔やんだ器量の持ち主、蒲生氏郷は、人使いの名人ともいわれた。その方法をある人が聞くと「それは、愛情がなければ、いくら給料をよくしても人は自分については来ない。また愛情ばかりで、給料を多くしなければ、人は自分を見限ってしまう。給料と愛情を車の両輪のように考え、よくよく調和していくことが大切なのだ」
 蒲生氏郷はまた、十分に給料を出せない時は、手柄を立てた者を自分の家に呼んで、自分で風呂をわかして入らせ、その上ご馳走した。この風呂をもらうことを、蒲生氏郷の部下たちは大変な名誉と思い、みんな先を争って働いたという。
【文:高田 金道】