先週も書きましたが、秀吉と光秀のライバルの戦いは、山崎の合戦で秀吉の勝利に決着した。
人は順調な時でも、逆境の時でも、自分の回りの人達の力によって生かされるという人もいる。秀吉は光秀と違って、多くの回りの人達から支えられたことで光秀に勝てたのではないだろうか。
光秀は自分の能力に自信があったから、理屈も多かった。回りの武将達にもあまりあいさつもしないし、逆に俺の能力に感謝すべきだと思っていたに違いない。うぬぼれが強く頭も高かった。
その点、秀吉は、上司信長はもちろん、回りの武将達、足軽、農民、商人などいろいろな人達と気軽にあいさつしたり、いろいろな会合にも顔を出したりして人の話をよく聞いた。ようするに「マメ」であった。
そんな秀吉の「なりふり」かまわない行動力を、光秀はどう思っていたのだろうか…。
今の世も、行動力のある者には成果がある。成果が上がれば喜びも人一倍あるような気がするが、なかなかむずかしい。
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