戦国新報
 
 
平成8年 後期
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勝てる戦をなぜ、こばんだか?秀吉
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 秀吉が天下統一を目の前にしての最大の問題が家康の存在であった。秀吉の「上洛しろ」との呼びかけに応えず、なかなか大坂に来なかった。秀吉は家康とは戦いたくなかった。戦えば勝てるだろうが、お互いに相当の損害が出るし、他にも反旗をひるがえす者も出るだろう。
 そこで秀吉は、自分の妹を家康の妻にし、母を人質に送って、家康を安心させ、ついには家康を大坂城へ呼び寄せたのである。しかし家康は、まだ秀吉に暗殺されるのではという疑いがどうしても晴れなかった。周囲を厳重に警備させた宿所に、ほっとして横になって間もなく、表が騒がしくなり家来が告げた。「関白殿下がいらっしゃいました」まさかと思い、聞けば、家来を三人連れてるだけだという。秀吉がそんな裸同然でやって来るはずがないと思う間もなく「わしじゃ、サルじゃ。懐かしいので家康殿と昔話がしたくなっただけだ」通されてきたのはまぎれもなく秀吉だった。度肝を抜かれ、うろたえる家康の前で秀吉は満面の笑みを浮かべて立っていた。やがて家康の心から暗殺を疑う気持ちは消え去った。
 意表をつく訪問は秀吉の得意技だった。これまで何度となく敵の武将をたった一人で訪問し、相手の心をつかんできた。
 今の世もただがむしゃらに仕事に打ち込むだけじゃなく、庶民的な気持ちで相手の心に入って行くという気構えが大切なのではないだろうか。だが、なかなかむずかしい。
【文:高田 金道】