戦国新報
 
 
平成6年 前期
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ノイローゼだった光秀
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 光秀は与えられた仕事はきちっとやりこなす能力の持ち主だったが、自分が窮地に立たされると、今でいうノイローゼの傾向が強かった。この点では秀吉とまったく正反対の性格だった。
 信長暗殺の一番の理由は、この信長に対する恐怖からくるノイローゼが大きな原因だったようである。また、光秀は信長を討って天下を取るほどの器量ではなかった。山崎の合戦においても、親戚である細川藤孝、筒井順慶らと同盟を結べなかったのは、すでに諸将が光秀を見限っている状況であったからである。
 慎重で保守的で真面目すぎた光秀の、ノイローゼからくる発作的な信長暗殺は、結局十分な根回しもなく、「三日天下」で終わった。
【文:高田 金道】